ブレインタンとの出会い

インディアンの国へ行きたい。

そう思い始めてから数々あるネイションのうち

一体どこに自分は行きたいのか、行けるのか考えていた。


興味のある部族はたくさんある。

精神性ではホピ、ビーズワークならシャイアン

言葉ならラコタ・・・


一緒に旅行する友人はリゾ-トに行きたいという。

あの手この手で説き伏せた。

どうにかサンフランシスコには行ってもいいらしい。

南西部なら近いじゃないか、

それならたくさんの部族の居留地がある。

いきなり居留地巡りでは友人に申し訳ないから

サンタフェへ行くことにした。


そうしてタオスへ行くことができたのだけど

サンタフェの町は思ったよりすばらしかった。

ダウンタウン全部がワンダーランドだった。

9月のはじめの観光客も少ない静かな時期だったせいもあり、

とても心地よかった。


たくさんのギャラリーにジュエリーのショップ、

プラザの周囲にはインディアンマーケット。

当然南西部のプエブロやナバホのクラフトやアーティストのものがほとんどなのだが、

趣の違う店をプラザから離れたところで見つけた。

その店を見た時『ここだ、この店だ』

そんな声が自分の中で響いていた。


わたしが子供のころ憧れたのは馬で平原をゆく人たち

プレイリーインディアンなのだ。

その店はまさにそのプレイリ-の世界そのものだった。

中に入ると高価なバッファローハイドにクイルワークをほどこしたものや、

盾に、弓など安っぽい土産物などではないものが溢れている。


そこで何よりもわたしが惹かれたのは

小さな鹿革のパウチだった。

アンティークビーズがついたヒモで首にかけられるようになっていて、

小さなビーズで縁取りがしてある。

ビーズワークはとてもかわいらしくてもちろんそれもいいのだが、

何よりその鹿革がいままで見たことのないものだった。

触ると革とは思えない柔らかさだ。

その革の薫りもいままで知らないものだった。

知らないものの筈なのに、やっと探し求めていたものに出会えた

そんな気がしたのは

はじめて観たあの映画で彼等が着ていたのはこの革でできたものだったからだ。


そうしてはるか昔から続けられてきた技法

 ブレインタンの鹿革に出合った。


それはブレインタンの名の通り

狩ってきた鹿の脳みそを使ってなめすというもので、

日本でも鎌倉時代くらいまでは使われていた方法だ。

現在では革はタンニンなどを使ってなめすのが一般的だが、

この方法では一切の科学薬品などは使わない。

タンニンを使うと革の繊維同士がくっついてしまい固くなるが、

ブレインタンだとまるでスポンジのように

ふんわりとして柔らかなフエルトのようになる。

なめされた革は木のチップで燻されいい薫りとはちみつのような色がつく。

最近ではなめす人も少なくなり、

大変に高価で希少なものになってしまった。


この革に出合ったことで

たくさんあるインディアンの世界への興味が

一つの方向へまとまっていった。


やはりそれだけ最初の出会いというのは

自分の中で大きなものに育っていたのだろう。

この革を使ってものを作りたい。

ビーズワーカーになりたい、

これがそれからの夢になった。




あの時買ったパウチは

長い間お守りを入れて身につけていたので年期が入り、

何度も革ヒモが切れて結び直しては使っていた。

かなり古びてしまったけれど、

いまも現役。

ずっと側で見守っていてくれている。


つづく






























































































 


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